はのはのブログ 懐かしき日々

Yahoo!ブログでの2006年6月から2019年6月までの記憶

.ユン・チアン 「ワイルド・スワン」を読み返して・・・

初めてこの本を読んだのは、現在小6の娘がお腹のなかにいる頃・・・
切迫流産になりかけてしまい、安静入院から手術までの入院生活中でした。
 
著者は、1952年生まれ の中国人女性。イメージ 1
その祖母と母と自分の世代までの話しで、その時代の中国の
歴史に翻弄されながらも 人間らしさや家族愛を失わずに
時代を乗り切れたひとのノンフィクションです。
 
著者の祖母は、纏足をする時代の最後の時期のひとで・・・
良縁にめぐりあう条件として、足の小さな女性が美しい
とされていた為、纏足にされました。
(春風にそよぐ柔らかな柳のような歩きかたが美しい・・・
そのおぼつかない歩き方がエロティックで守ってやりたい
という気にさせる)
それは2歳のときから始まって、足の親指を除く4本の指を折り曲げ6メートルほどの白い布でぐるぐるまきにして、上から大きな石をのせて足の甲をつぶす。激痛に「お母さんやめて!」と泣き叫ぶ娘の口に布を押し込んで口を封じる母親。
祖母は何度も気を失った・・・纏足が完成する何年ものあいだ布を巻いて日夜傷みに耐えなくてはいけなかったそうです。「足をほどいて」と懇願するたびに、母親は涙を流して纏足をやめればおまえの一生がだいなしになる、お前のしあせのためなんだよと言い聞かせて。
 
わたしは、お腹の中の子供が「娘」とわかっていたので、纏足が中国のその時代の習慣だったとはいえその母親もそうだったとはいえ この母親の気持ちをおもうと胸がはりさけそうでした。日本にそんな習慣がなくてよかった・・・。
 
この親子3世代の間に 日本との戦争、国民党の支配から共産党文化大革命・・・その後まで続くのですが。
教育も人を信じる気持ちも、思いやる気持ちも 自分の信念さえ 見失うようなすさまじく過酷な内容で。
法律というか政府の方針が変わるたびに それに反したひと 関係したひと(それが前の政府方針でその命のままに動いたひとまで)その親族までみんな人民の敵とされ、暴力をうけたり 拘束されたり 拷問されたりするのです。
そうなったひとに、情けをかければ自分に被害がおよび、それをさけても 次に自分の立場が悪くなったときはそのまえの恨みつらみまで上乗せさせて 報復のようなことをされる・・・。
人をひどい言葉で罵倒し辱めたり、殴ったり、精神的においつめる。
常に誰かに見張られてるような猜疑心で緊張した生活。  
何が正義か・・・それが、常に揺らぐ環境。先生や自分の親にまで みなの前で罵倒したり暴力をふるわなくてはいけない・・・教育によって、それが毛主席の命なら 当り前にするべきと信じて育った世代がいる。
今の日本の感覚なら、PTSDという診断がおりるはず。
実際、著者の父は何度も長期間拘束され、尋問などの責めにより精神的におかしくなった時期もあります。
 
著者家族が、苦境の中でも親、兄弟 親戚で助け合い 信じあっていけたのは 幼いころからの家での育て方、
祖母などの教育(昔話し、子守唄、読書環境など)の情操教育にあると私はおもいました。
人を思いやる気持ちや、正義とはどうあるべきか 難しく教えるまでもなく 絵本などから小さいうちに教えられるとおもいます。想像力が養うことで、自分以外のひとの気持ちがわかったり、美しいものを愛でる気持ちがあれば
醜いこといやしいことはしたいと思わなくなるとおもいます。
両親の家族を犠牲にしても貫き通す党への忠誠の姿 まわりの人に尽力をつくす姿、
そして政治活動に忙しい両親のかわりに子育てをした祖母の存在は大きかったと思います。
 
たくさんの、ひどい仕打ちの無情な環境の狂気の時代のさなかでも、正義を信じ倫理をつらぬいた人びと 優しさや温情、敬愛のあるひとたちもいることが救いでした。
それも、ほんの少数だったのではないかと想像します。
 
北朝鮮の様子をニュースでみても、にわかに信じられないような同じ今の時間のはなしなのかとおもってしまうことも
あります。
この中国での時代の流れがわたしの人生と同じ時間と重なっていることは、ショックなことでした。
本当にそんなことが、隣国でおきていたのです。
 
親子の絆はどんな苦境も超えるパワーとなりうるという話しなのですが、
日本は国として、この過酷な時代を生きた中国(中国人)にどう向き合うか、専門家などでしっかり研究して対応する必要があるとつくづく思いました。
私たちの子供の世代が、なにか恐ろしい時代に巻き込まれないように それでも人間らしく日本人らしく
生きていけるように 教育もしなくてはと思いました。
 
それにしても凄すぎる。
ふぅ~。