はのはのブログ 懐かしき日々

Yahoo!ブログでの2006年6月から2019年6月までの記憶

なかなか忘れられないこと・・・

昨年は6月に夫方の甥に第一子(男児)が生まれました。
そして12月のクリスマス前に私の方の姪にも第一子誕生(これも男児)。
お正月の夫の実家での集まりでは昨年春に結婚して北海道に嫁いだ姪が8月にママになると発表。
世代が代わったとはいえ、なかなかみんな繁殖している(笑)
 
12月に出産した姪は40時間苦しんだらしく 体がボロボロと嘆いていた。
そういえば、本日が誕生日の息子も 40時間かかって産んだのよね・・・(~_~;)
 
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海のお店で飼っていた猫の「ごま」をめずらしく自宅に連れて帰った年末で、
カウントダウンを済ませ一緒に横になっていたら突然破水。
0時20分ぐらいだったかな・・・病院に連絡して夫の運転で病院まで向かった。
微弱陣痛だからまだまだ産まれないでしょうから病室で過ごしてくださいっていわれて。
微弱っていったって 痛いし、それが 永遠に波のように押し寄せる。
朝になっても 「まだまだ」っていわれ どんどんお正月特別料理が部屋に運ばれてきていた。
おいしそうだけれど 食べられなくて。(お正月特別料金の請求だった・・・自然分娩推奨なのにぃ)
陣痛の痛みに耐えていても 夫はDVDをみて笑っていたり 週刊誌を読んでわたしにも勧めてくる始末。
さすったりするのも知らないし、しても上手じゃないのがわかるからお願いしなかったけれど
イライラに限界がきて 「もう家に帰ってていいよ。ちゃんと寝た方がいいよ。ごまも気になるしね。」
夫も産婦人科の病院なんて苦手だし、検診のたび部屋を出るのは嫌だったとおもう。
 
産まれるかな~ってなってきた3日はお店の仕事初めでもあるし、新年会の日でもあった。
「どうせ分娩室に入るのだからお店にいってていいよ」と付き添いは断った。
できるものなら犬や猫のようにひとりで産みたいぐらいだったし。
ただ、もともと体力のない私は長時間の微弱陣痛と途中から投与された陣痛促進剤で疲れきっていた。
前の日や同じ日に出産しているひともいて・・・ずっと置いてきぼり。
陣痛の合間にひとりきりになると なんでこんなみっともない格好でいなくちゃいけないのかと悲しくて。
このまま産むのも嫌だし、妊婦に戻るのも嫌。
このまま泡になって消えてしまいたい・・・っておもった。
産む瞬間がきても体力がなくふんばれない私をみて 先生がわたしのお腹を押そうとした瞬間
「やめて!わたしに触らないで!」と 手で制していた(笑)
 
翌日先生の顔をみるのが 恥ずかしかった~(~_~;)
でも、話しかけてこられて 「ご迷惑をおかけしました。」なんていうと
「あんなの大丈夫だよ。きっと二人目は今回の半分の時間で済むとおもうよ」なーんて軽くいわれ
え?半分でも20時間じゃん!
出産の苦しみを忘れた頃産んだ 5歳違いの娘の出産時間は、確かに19時間20分だった(笑)
 
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イメージ 1今夜誕生日のろうそくの「7」が無いなんて忘れてて
どうするか考えて 「16」と「1」 ってことに(笑)
 
こういう私のミスも普通に許してくれる息子です。
もう大人なのね・・・。
 
娘の誕生日の記事の写真をみて確認すると、
本当「7」が無い!
「2」を失くしただけとおもってた・・・失敗(~_~;)
 
イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
自分が高校のときにミルクをあげたりおむつを替えてやった姪が同じように母になったんだぁ。感動
随分早く結婚したときの子供とはいえ、兄がおじいちゃんだもんね(笑)
あっ、夫はわたしの兄と同じ学年なのよね・・・こちらは複雑な気分かも(~_~;)