はのはのブログ 懐かしき日々

Yahoo!ブログでの2006年6月から2019年6月までの記憶

声をかけあっていこう

今日の福岡は暖かかったです・・・もうこのままでいいよぉ(^-^;

日曜日、昨年亡くなった短大時代の友達の家にお参りにいってきました。
春のある日に伝えられた突然の訃報にショックと後悔に悩みました。
そのまま自分も体調をくずしてしまって 向き合う勇気はないままで。
昨年一緒にいったのは 5人でしたが 今回はわたしともうひとりとそのご主人。
年明けに誘われて 他はみんな都合がつかなくて。
どうして今時期かというのも その友達Cが亡くなったのが1月10日だったと
友人夫婦がお盆に伺ったときに聞けたからです。
今回の訪問でなぜCがそうなったのか、
そのときがどういう状況だったのか聞くことができました。

まだまだ 残されたCのお母さんも子ども達も苦悩している様子でしたが
やっと少し状況を話してもらえるぐらいになってました。
というより Cのお母さんはひとりその状況での子育てに参っているようで
話しを聞いてくれる人が必要だったと感じました。
春に亡くなったCの遺影が合った横にはCのお父さんの写真まで並んでしまっていて・・・。
母親の自宅での自殺という衝撃的な状況で不登校のうえ引っ越しによる知らない校区への入学という中1の息子くんは 荒れてしまっているようで
Cのお母さんは 注意しながらもどうしようもできずという状態。
Cはふたり姉妹の妹だったので お母さんは男の子の育て方がわからないって。
不登校から中高一貫校の女子高通いだった娘ちゃんも退学して通信制の高校に通っていますが それから 短期留学したり 塾に通って勉強したりと
やっと落ち着いてきて 将来への希望も持ち始めたらしいのですが。

中1の男の子、帰宅が夜8時とか9時とかになるそうで
しょっちゅう 先輩と焼き肉を食べて帰ってくるとか・・・お年玉を使ってるようだとか。
おばあちゃんが注意しても 「みんなと一緒だ」とか「あー、ばあちゃんと話してるとイライラする」っていって出かけてしまったりがあるそう。
お母さんは 母(C)が自殺した事実への怒りをぶつけられたり、
院させるつもりの直前にごみ捨てにでた少しの間に死んでしまったということで おばあちゃんがCをひとりにしたからだとせめられたり、
入院をさせるのが遅かったからだと 
子どものどうしようもない気持ちをぶつけられて 
そして 自分でもそのことを責めてらしてるようでした。 

Cはひと懐っこい娘だったこととか・・・中1ってまだ子どもで特に男の子は女子よりずっと甘えん坊だからとか・・・でも中学生の帰宅時間として9時は・・・とか
いろいろ 話しをして Cをなつかしがったり Cは被害者で追い詰めたストレスが冷静な判断ができない状況にさせたのだからお母さんが悪いわけじゃないと話して 
たったひとりで頑張る苦労をねぎらい やるせなさに一緒に泣いたりでした。

Cのお姉さんは独身で 東京で独立して仕事をしているので
経済的なサポートは自分が頑張るからしばらくは子どもとの生活をお母さんに頑張って・・・といっているようです。
高1の娘ちゃんは 電話でよく叔母であるCの姉に相談もしているみたいって。
ただ、本当に男の子がわからなくて・・・と。

一緒にいった友人のご主人が ちょっと話しをする機会をつくろうっていってくれてました。
そこは息子がふたりいて きっとお兄ちゃんみたいな付き合いもできるだろうって。
お母さんも 「是非そうして欲しい。わたしはもうどうすればいいかわからない。」って涙を流していました。
最後は 「来てくれてありがとう。話しができてよかった。」といってくれました。

中1の息子くんも心配だけど Cのお母さんも苦労続きであまりにも可哀想。
誰にでも話せるようなことでもないだろうし 引っ越して見知らぬ土地だし
比較的近くに住むわたしたちが なるべく 声かけをして様子を聞いてあげたいとおもいました。
そんなこともあって 明日は 今回一緒にいけなかった他の友人と会って
話してみようとおもっています。